霜 の 声

鍋囲む天国地獄の話して
霜月や女きりりと奥歯噛む
つぶやきのつぶやきのまま暮れの秋
余白ばかり殖えて十月そぞろ寒
後ろ手に閉める扉に霜の声
短日の少年しきりに発光す
寒月に水の音する里の駅
日記買うアヒル飛び立つ夢を買う
初刷やインク滲みしひとところ
まるごと冬叫びたい日の砂時計
香満ちてかなしきものは葱の白
ふところの氷柱チカチカ鳴りはじむ   
木花咲く喪明けの膝に降りて咲く
少年の耳聞く霜はジュンジュンと
雪水をさけて会釈の続きせり
葬列をすこし動かす春の泥
花冷えの闇は音さえ摺り足に
娘の乳房張りて立夏と思うべし
郭公や逆立ちの子のまだ揺れる
さみだれの真っ只中に石眠る
月置いて網戸に影のふと動く
籐椅子の向きそのままに父の部屋
昼寝の子足につけたる草の青
水澄むと人の声する登山林
テント張る鮭場に強き訛かな
残る蝿追うもおかしき一人かな
コスモスは郵便局まで首伸ばす
新涼やここは啄木屋敷跡

1987年(昭和62年) 氷原帯投句作品
 この年,氷原帯新主宰に鈴木光彦氏。

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