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【花畔・網】
収集癖

2008.03.15 公開
2015.08.03 更新


ブログには手を出すまいと思っている。
継続する根性がない。
我が儘だしいい加減なのだ。

その文脈上で,ページでは取り留めのないものばかりを集めている。
すぐに匙を投げてしまうことも多い。
脈絡なく並べるだけの収集癖にでも,お付き合いいただけたら嬉しい。


もくじ

国道231号線沿い集落標識 石狩川河口橋以北 (とりあえずは石狩市域)
道路元標 石狩町,厚田村,浜益村,札幌市,手稲村,札幌村,藻岩村,増毛町,神恵内村,恵庭村
(おまけ) 札幌市水準原標,基準水準点82号,準基準水準点317号,交点30号,北海道里程元標および創成橋
電子基準点 石狩,厚田,浜益,札幌,札幌2,増毛,当別,北竜,長沼,恵庭,千歳,新篠津,新十津川,江別,三笠,上川,愛別
気象観測所
(アメダス)
石狩,厚田,浜益
花畔神社の干支の絵馬(破魔矢) 【付録】お年玉切手シート 1996(H8)年から 2015(H27)まで
石狩市の並木 石狩市域限定
橋の高欄のパネル 石狩市および近隣(おおむねJR函館本線以北)
石狩川の橋と堰
旅先で出合った橋たち 道外編
地ビールコレクション 350ml缶限定 (一部,掟破りもあり)
お世話になった?たち たまりまへんのぉ。。。(;_;)
ページが肥大化したため 印の項目をそれぞれ分離して独立,あるいはほかのページに結合させました。


国道231号線沿い集落標識 石狩川河口橋以北 (とりあえずは石狩市域) 2008.03.15 もくじ


集落標識は北から南に表示。
実際には,231号線の起点・札幌から終点・留萌方向へ向って(つまり,南から北へ)走行した際に収集したものなので,上から見ると収集の逆順になる。

旧厚田村内と旧浜益村内とでは,集落標識のデザインに微妙な違いがある。
どちらも,2005年(平成17年)の合併後,"厚田村","浜益村"の文字の上に"石狩市"の文字を貼り付けただけのようだ。

ここから増毛町

増毛町雄冬
反対側へは石狩市浜益区

浜益区雄冬


旧浜益村


浜益

群別


床丹

千代志別

雄冬

送毛

毘砂別

川下

柏木

実田

御料地
"毘砂別"の標識は,北方向左側路端には設置されていない。この写真は南方向左側路端に設置されたもの。
国道231号線での"柏木"の標識は"毘砂別"から"川下"へ向かう途中に現れる。
"柏木","実田",さらにその奥の"御料地"の標識は,留萌・滝川間の国道451号線の路端で確認できる。

明治初 明治15 明治35 明治40
ヲフイ(雄冬) 雄冬村 群別村 浜益村 浜益村
チセショシヘ(千代志別) 群別村
トコタン(床丹)
ポロクンベツ(幌)
ホンクンベツ(群別)
テキサマ(適沢) 茂生村
ヘロカルイシ/ハママシケ(浜益)
モイ(茂生)
浜益川沿い内陸部 実田村 黄金村
清水村 柏木村
柏木村
カワスモ(川下) 川下村
ビシャンベツ(毘砂別)
オクリケ(送毛) 尻苗村
シリナイ(尻苗)


旧厚田村


聚富

望来

古潭

厚田

安瀬

濃昼
"嶺泊","小谷","別狩"には国道番号標識のおまけの地点標識のみ存在。

明治初 明治35 明治40
ゴキビル(濃昼) 濃昼村 厚田村 厚田村
ヤススケ(安瀬) 安瀬村
アツタ(厚田) 厚田村
ベットカリ(別狩) 別狩村
コタンナイ(小谷) 小谷村
ヲショロコツ(押琴) 押琴村
コタンベツ(古潭) 古潭村
ヲネトマリ(嶺泊) 嶺泊村 望来村
モウライ(望来) 望来村
シュップ(聚富) 聚富村


旧石狩町


八幡





この"八幡"の標識は南方向左側路端に設置されたもの。"町"の字の上に"市"が貼り付けてある。
北方向左側路端には,国道番号標識のおまけの地点標識しかない。
旧石狩町では,石狩川河口橋以南(左岸)には集落標識は見当たらない。
国道337号には"生振"の標識(オーソドックスな地点標識)が見られる。

明治初 明治35 明治40
石狩川河口右岸 八幡町 石狩町 石狩町
若生町
石狩川河口左岸 浜町
新町
仲町
本町
横町
弁天町
船場町
親船町
オヤフル 生振村
バンナグロ 花畔村 花川村
ヲタルナイ 樽川村


道路元標 石狩町,厚田村,浜益村,
札幌市,手稲村,札幌村,藻岩村,増毛町,神恵内村,恵庭村
+ いくつかの おまけ
2008.04.14 ~
2014.08.14
もくじ


道路元標は,1919年(大正8年)の旧道路法に基づき,道路の起終点を示すために置かれた標石。各市町村に1ヶずつ設置されていた。
現行の道路法では,道路の付属物とされているものの明確な規定はないため,起終点を示す標識としての存在ではない。
したがって現存する道路元標はすでに役割を終えたものであり,保存されていること自体が希少価値。

本当は,旧石狩町の道路元標をコレクトしたかった。
しかし,1975年(昭和50年)前後に整備された石狩川の築堤と,2005年(平成17年)に完了した旧役場周辺地区の市街地再開発事業などにより,見失われてしまったようで残念至極である。
同様に,旧厚田町,旧浜益町の道路元標も,いまはない。

(注) 以下の道路元標の記述の中の「所在」は,大正9年の北海道庁告示第220号による

石狩町

所在 : 石狩國石狩郡石狩町大字船場町東十番地先

石狩町旧役場庁舎跡地には,再開発事業により2005年オープンした石狩市観光センターが建つが,住所は親船町65番地。
つまり,石狩町の道路元標は役場の近辺に立てられたわけではなかった。
どうやら,厚田,浜益方面へと向かう"動く国道"渡船場の近くを石狩町の起終点と定めたと思われる。
しかし渡船場跡地は"本町10番地"(いまでは近づくこともできない!!!)。
"船場町10番地"はそれより一区画上手。かつてはバスの待合所があったようだ。
元標の本当の所在地は"本町"だったのか"船場町"だったのか定かではないが,どちらにしろいまは,市街地築堤の下に埋もれているに違いない。

1945年(昭和20年)7月,米軍の空襲により当時の石狩町役場庁舎焼失。
旧役場庁舎は1947年(昭和22年)に建て直されたもの。
1993年(平成5年)11月花川北に新庁舎が開庁。
旧庁舎は翌1994年から"郷土資料室"として使われてきたが,再開発事業に伴って2004年(平成16年)2月解体。
同年,郷土資料室は,前年に閉店した"いしかり番屋の地ビール館"(ブルワリーレストラン)あとに移転し,"いしかり砂丘の風資料館"としてオープン。
庁舎跡地に建った石狩市観光センターは,市営住宅(本町団地),郵便局,観光協会などが入る4階建ての複合ビル
当初は市の親船出張所も併設されていたが,経費節減のため花川南出張所とともに2008年(平成20年)に廃止された。
観光センター前には,「讃石狩郷」,「石狩警察署」などの石碑が立つ。 (2011.11.05)

厚田村

所在 : 石狩國厚田郡厚田村大字厚田村十八番地先

現在厚田支所の住所は厚田区厚田45番地。
2011年4月,国道231号をはさんだ向かい側の厚田総合センター(1982年完成)に移転したのだ。
総合センター保健センター(2005年完成)とともに同じ建物の右左を分け合っている。
道路元標の所在地は,移転前の厚田支所=1963年(昭和38年)落成の旧厚田村役場があった住所と一致する。
旧庁舎はすでに解体,整地されて影も形もないが…
現在の国道も大幅に付替えられたもので,旧国道は現国道とほぼ直交して厚田神社の方角へと向かう道路だった。
したがって道路元標は旧庁舎敷地の旧国道に面したどこかに立てられていたはずだが,見当たらない。 (2011.11.05)
元標を求めて旧厚田村を徘徊し始めたのが2007年末。
翌2008年4月,厚田支所を訪れて尋ねた。が,分からない。
おぼろげながらその存在を記憶している職員がいてくれたことは,かすかに光明を見る思いだった。
その夜,ひとりの支所職員の方が親切にもわざわざわが家まで小冊子を届けてくれた。
厚田村百年記念誌』 1969年(昭和44年)3月発行。
その34ページに左の写真が載っている。
キャプションには昭和31年建立とあるが,これはおそらく昭和3年の間違いだろう。
後ろに写っているのは紛れもなく取り壊された旧支所庁舎。
厚田村開村百年(1968年)の時点では元標は健在だったのだ。
庁舎の西側にある石狩市森林組合(旧・厚田村教育委員会)の新築工事の際失われたものとみられる。

その後,道路元標の実物にはついにお目にかかれていない。

浜益村

所在 : 石狩國濱益郡濱益村大字茂生村二番地先

"濱益村大字茂生村"は現在の"浜益区浜益"。
その2番地といえば現浜益支所の所在地。
支所庁舎は1994年(平成6年)完成の旧浜益村役場庁舎で,さらにそれ以前の庁舎も同番地に建っていたようだ。
したがって道路元標は庁舎前のどこかに立てられていたはずだが,見当たらない。
新庁舎建設工事か旧庁舎解体工事のドサクサに失われてしまったのだろう。
庁舎前の簡易水道で鎌砥ぎをしていた老人に尋ねても,長年住んでいるがそんなもの見たことはない,ということだった…
"浜益村・浜益郵便局"と記された木製の古い工事標識が残っている。 (2011.11.05)

札幌市

現在では合併されて札幌市の一部となっているが,昭和の始めには札幌市の周辺に,札幌村,藻岩村(のちに円山町),琴似村,篠路村,手稲村,白石村,豊平村が存在し,それぞれの村に道路元標が設置されていたはずである。(2008.04.14)

昭和3年設置。
ただし現在の元標は,昭和57年に新たに作り直されて再建されたもののようである。
道庁正門脇,向かって右側
正門前を東にのびる北3条通りは「札幌舗装道路発祥の地」でもあるとのこと。(説明板) [この行 2008.07.20]

2007.12.02

2007.12.02

2007.12.02
 2008.07.19 


説明板

2015.06.22
久しぶりに道庁前庭を散策,7年ぶりの元標との再会。
それはともかく,道庁前から西4丁目通りまでの北3条通りが様変わりしているのには驚いた。
車がシャットアウトされた”広場”となっている。
舗装道路発祥の地」ということで,木塊舗装(*),銀杏並木(*)と合わせて土木学会選奨土木遺産に選定されているとのことだ。

(*印の写真は 2015.07.23 撮影の写真に差し替え)

手稲村

昭和7年設置,昭和60年再建(場所の移動)。
手稲コミュニティセンター敷地内。かつての馬鉄・軽石軌道の客車などが陳列されている一隅にある。

2007.11.26

2007.11.27

2007.11.26

札幌村

昭和4年設置。
札幌村郷土記念館,玄関内。
アンダーパス工事に伴って,大友亀太郎の銅像も創成川のほとりからこの敷地内に一時避難中。
また,近くにゆかりの大友公園もある。

2008.04.13

2008.04.13
亀太郎・後日譚

亀太郎像が役宅跡すなわち札幌村郷土記念館前に引っ越してきたのは,創成川公園の整備(南北ふたつのアンダーパスの連続化工事)が開始された2005年(平成17年)のこと。
元標をたずね歩いていて,2007.12.02 亀太郎に初めて遭遇したときの姿が上記の写真である。
その後もなんどか足を運び,役宅跡で"実物"の彼と相対したのは 2010.09.22 が最後だった。

2011.10.29 整備された創成川公園(2011.04.01オープン)を散策した。
復元された創成橋の左岸たもとに,彼は帰ってきていた碑文もそのままである。
(工事前は川を背に西を向いていたが,今は南を向いている)

ところで,2011.08.18 にも役宅跡で彼に会っている
実はこの像は"実物"そっくりに複製された"レプリカ"だということだった。
"レプリカ"の除幕式は 2010.11.22 に行われたということで,"実物"はそれ以前に東区役所ロビーを仮の宿としていたらしい。
東区役所ロビーから創成川たもとに晴れて帰還したのは,2011年春だったのだろうか…?

いずれにしても亀太郎は今,2ヶ所で同じ姿で座っているということになる。
全国いたるところに立っている,彼の師・二宮尊徳には遠く及ばないが…

(2011.10.31)

藻岩村

昭和3年設置。
札幌市中央区,民家前。おそらくこの場所に藻岩村,のちの円山町の役場があったものと思われる。
冬季間はきちんと冬囲いされていて,大切に保存されている様子がうかがえる。

2008.04.09

2008.04.09

増毛町

現在の石狩市域,旧・石狩町,厚田村,浜益村の道路元標探索がままならないうちに,石狩市を飛び出して増毛町の道路元標が確認できてしまった。
増毛町役場の皆さま,お騒がせ致しました。ご協力,どうもありがとうございます。(2008.05.22)

昭和3年設置。
旧国道をはさんで増毛町庁舎の反対側,厳島神社のある角地

2008.05.22

2008.05.22

2008.05.22

神恵内村

神威岬を回って積丹半島・神恵内村の道路元標を確認。
すぐ脇に設置されている「本陣跡地」の石碑の由来について役場職員氏にあれこれ質問。
帰宅すると早速FAXで資料が届いていた。
ご協力,どうもありがとうございます。(2012.08.22)

昭和10年設置。
神恵内村役場教育委員会の庁舎敷地の隅に立っている。
隣接して神恵内厳島神社由緒によると1603年創始というからかなり古い。
松前藩により弁天社と称していたが,ほかの多くの弁天社同様,維新政府の神仏分離令を受けて厳島神社と改称されたものと思われる。
「本陣跡地」の石碑開村百年を記念して建立されたもので,かつてフルウ場所運上屋があったことを示すものだという。
幕末安政年間,幕府の命により庄内藩がこの地の警固の任にも当たったというから,あるいは陣屋なども建てられたのかもしれない(定かではないが)。

2012.08.22

2012.08.22

2012.08.22

恵庭村

恵庭市のHP「えにわ歴史散策」で所在を知る。7/31,8/13と続けて2回も訪問。
それというのも,元標にぴたりと接してオンコが植えられているため,前面の写真が甚だ撮りにくいのだ。
ムリヤリ枝を押しのけて撮れた写真がコレ
漁川の右岸,道道600号・島松千歳線に面して立つ。
すぐ後ろに,明治30年,千歳村ほか戸長役場から分離して,ここに漁村戸長役場が開庁された記念碑もある。
(2014.08.14)

昭和7年設置。
恵庭村は,明治39年,漁村と島松村とが合併して誕生。
役場をどこに置くかで旧両村が綱引き,結局間をとってこの地に置かれたらしい。
現在元標の背後に,中恵庭出張所中恵庭会館などがあり,道道をはさんで向かいには,中恵庭駐在所中恵庭公園などがある。
中恵庭出張所の建物は,旧役場庁舎をイメージして平成8年に改築したものとのこと。

漁川橋を渡った左岸には恵庭開拓記念公園が広がる。松園小学校跡地を整備して公園化したという。
公園の西側には恵庭市郷土資料館も隣接。タイムカプセルも設置されている。

2014.08.13

2014.08.13

2014.08.13

おまけ-1
札幌市水準原標

昭和48年設置。標高 62.428m
札幌市西区,上手稲神社境内。
一角には,三等三角点"追分"もある。

2008.04.09

2008.04.09

2008.04.09

おまけ-2
基準水準点 第82号

平成2年設置。標高 80.9888m
札幌市西区,宮丘公園内(上記上手稲神社に隣接)。
ついでに再度訪れた札幌市水準原標は,野草の中に埋もれていた。
ちなみに,基準水準点とは一等水準点のうち特に重要なものであるとか。
全国に86ヶ所,そのうちの12ヶが北海道内に設置されているという。

2009.06.15

2009.06.15

2009.06.15

おまけ-3
準基準水準点 第317号 および 交点30号

北海道庁前庭に設置されているふたつの特別な一等水準点を訪ねた。

準基準水準点317号は,前庭南東隅に昭和43年設置。標高 18.3829m。
金属標が地下に埋設されているらしいが,コンクリート(割れてはいるが)の蓋がされていて見えない。
国道5号の札幌側における端点と思われる。

交点30号は,前庭北東隅に平成2年設置(旧埋設は明治33年)。標高 17.9023m。
一般的な水準点同様,地上に4ヶの保護石が埋められて標石を守っている。
今でいうところの,5号,12号,230号,231号の4本の国道が,ここで交わるということの標なのであろう。

2009.10.21

2009.10.21
準基準点317号
2009.10.21

2009.10.21
交点30号

おまけ-4
北海道里程元標 および 創成橋

いずれも 2011年(平成23年)3月に復元されたもの。

北海道里程元標は復元された創成橋右岸たもとに立てられている。

旧道路法により道路元標が設置される以前は,1873年(明治6年)の太政官布告に基づき各府県ごとに里程元標なるものが設置されたが,北海道では道路の起点として創成橋の東たもとに立てられたという。

銭函-千歳を結ぶ道路と,藻岩山麓-篠路を結ぶ道路とが交差する地で,札幌市はここを基点として建設された。
里程元標の東西の側面には,対雁,島松,および篠路,銭函の駅逓までの距離が記されている。

1967年(昭和42)年建立の"札幌建設の地"碑(碑文)と,2010年(平成22年)創成橋の復元が土木学会から土木遺産として推奨されたことの記念碑などが,里程元標に並んで立つ。

創成川左岸たもとには,1986年(昭和61年)建立の大友亀太郎の像と,その脇に並んで,1974年(昭和49年)に復元された擬宝珠を被ったひらかな親柱と,1871年(明治4年)当時の創成橋の車止めが立つ。

創成橋は,1869年(明治2年),丸太を並べ板を敷いただけの橋が架けられたのがその始まり。
1871年(明治4年)に長さ7.8mの本格的な木橋が架けられ,このとき"創成橋"の名がつけられた(当初は"佐宇勢以橋")。
"大友堀"と呼ばれていた水路も,1874年(明治7年)に"創成川"と改名された。
木橋は1909年(明治42年)に流失し,1910年(明治43年),石造アーチ橋として生まれ変わる。
年月とともに風化しボロボロになった創成橋だったが,1978年(昭和53年)に,高欄石材の取替などの保全修復工事と,両側に歩行者道路用の桁橋を併設するなどの改修工事が行われた。

創成川公園の整備のため,創成橋は2006年(平成18年)にいったん解体され,可能な限り建設当時のままに,2011年復元された。

ひらかな親柱,車止め,および札幌建設の地碑は,創成川公園が整備されるまでは橋のたもとのビルの片隅に保存されていた。(いつからここに置かれていたのだろうか? もちろんいまは,ない)
原形のまま現在に至るのはこれら3つだけなのかもしれない。

(2011.10.31記) (2011.11.08補遺)

2011.10.29

平成23年3月 再建

里程元標碑文

川から見上げる

創成橋

平成22年3月 復元

そうせいはし

明治43年10月 架替

創成橋復元碑文

電子基準点 石狩市および近隣 2008.05.24 ~
2014.09.09
もくじ


電子基準点とは,国土地理院により提供されているサービスで,全国約1200ヶ所に設置されたGPS連続観測点である。
などとエラそうに書いているが,その存在を知ったのはつい最近のことで,調べてみると,石狩,厚田,浜益にそれぞれ設置されているという。
にわかに収集癖が騒ぎ出し,とりあえずはコレクションのひとつに加えることができた。

石狩 No.020876 石狩斎場親船墓地の駐車場緑地
すぐ近くに,地上気象観測装置も設置されている

2008.05.08

2008.05.22

2008.05.22

2008.05.08


厚田 No.950117 厚田公園厚田資料室

2008.07.02

2008.07.02

2008.05.22


浜益 No.970785 浜益スポーツセンター隣,群別自治会館駐車場緑地

2008.08.05

2008.08.05

2008.05.22


札幌 No.950128 札幌市南区白川,北方自然教育園敷地内
この日(2008.09.01) は運悪く休園日フェンス越しに眺めるしかなかった。
1キロほど奥の白川市民の森まで足を伸ばす。最近も散策路ヒグマのフンが!ビビる。
2008.09.13 懲りずにふたたび訪れる。

2008.09.13

2008.09.13

2008.09.13

2008.09.01

2008.09.13


札幌2 No.020882 札幌市手稲区星置,星置中学校校地内
隣接する山口運河に架かる星置2号橋

2008.09.01

2008.09.01

2008.09.01


増毛 No.940008 暑寒別橋左岸高台,オーベルジュましけ敷地内トロン温泉のすぐそば
近くには増毛ヘリポートなどもあるようだ。

2009.06.17

2009.06.17

2009.06.17


当別 No.020872 道道28号・当別浜益港線から道民の森・神居尻地区へと分岐して800m強
久しぶりに訪れた案内所では,道民の森の説明をいろいろとしていただいた…

2009.06.17

2009.06.17

2009.06.17


北竜 No.960509 まったく好みではないが,B&G財団北竜海洋センターの駐車場
近くの,道の駅・サンフラワー北竜でおフロに入る。

2009.06.17

2009.06.17

2009.06.17


長沼 No.940014 第十六区会館加賀団体ポンプ場敷地内
石碑"創造"が建てられていて,背面の碑文から,かつてここに第五小学校があったことがうかがえる。
道道1008号をはさんで向かいには,十六区自彊会館八幡神社
それ自身がフェンスで守られている電子基準点には初めて出会った。

2009.06.20

2009.06.20

2009.06.20


恵庭 No.960522 恵庭市のド真ん中。市役所,市民会館などにほとんど隣接する恵庭小学校
フェンスで囲われた校地内駐車場脇
すぐ横にも乗用車が駐車,小雨の中で難儀しながら撮影

2009.06.20

2009.06.20

2009.06.20


千歳 No.960523 支笏湖畔,国道453号から山側の森に少し上った支笏湖小学校
ここもフェンスで囲まれた校地内
近くに支笏湖神社

2009.06.20

2009.06.20

2009.06.20


新篠津 No.020877 新篠津中学校校地内
あいにく校舎新築工事現場の中になっていてフェンスで囲まれている。
校門脇には「拓」と名づけられた開校40周年を記念したモニュメントが。
道道・江別奈井江線を隔てて運動公園が広がり,たっぷ大橋を望むことができる。
2009.07.05
この日は日曜日。工事は休みとあって,施錠されていてまったく近づけず。
フェンス越しとか隙間からの情けない写真しか撮れなかった。
2009.08.14
平日なのにこの日も休工中。そうか,お盆休みだったのか。
2009.09.01
何事3度目! 現場のガードが開いていて,なんとか近づけた。
2010.05.26
工事はほぼ完了。フェンスは撤去されていた。

2010.05.26

2010.05.26

2010.05.26


新十津川 No.022005 新十津川宇宙測地観測場内一角
敷地はしっかりガードされていて,フェンス越しに撮らざるをえない。不完全燃焼の極み。
ここはまた,広大な新十津川町ふるさと公園を構成する創造の森の中でもある。
ふるさと公園内には,新十津川温泉新十津川物語記念館ほか数多くの施設がある。
新十津川物語のヒロイン津田フキの像,廃墟に近い登り窯なども。

2009.08.29

2009.08.29

2009.08.29


江別 No.960520 野幌中学校校地内
隣接して北海道情報大学がある。
比較的近くには,千古園セラミックアートセンターなど。

2014.08.13

2014.08.13

2014.08.13


三笠 No.960516 三笠運動公園
公園内でも最も北東端に立っている。
すぐ横の三笠市営球場では,法政大学野球部が夏期キャンプ中。
公園の中央にはモニュメントと三笠DOME
モニュメントの題名は”MIKASA

2014.08.13

2014.08.13

2014.08.13


上川 No.960510 国道36号を上川町・リクマンで折れて凌雲橋を渡り,石狩川左岸に移ると青少年旅行村
その中の層雲峡オートキャンプ場の一角に立つ。

2014.09.02

2014.09.02

2014.09.02


愛別 No.960506 愛別町役場の裏手,愛別小学校の道路を挟んだ向かいに立つ。

2014.09.03

2014.09.03

2014.09.03


気象観測所 (AMeDas) 石狩市 2011.05.10 もくじ


気象庁の無人地域気象観測システムの石狩市内における観測所。

2011.05.09 浜益ではちょうど定期点検作業中に遭遇し,いろいろ質問したりしてたいへん参考になりました。
気象庁の職員のおふたりにはお仕事中お邪魔して申し訳ありませんでした。そして,どうもありがとうございました。

石狩 生振 積雪深計は超音波式 気象データ

2011.04.24
全景

2011.03.24
風向風速,日照時間

2011.03.24
降水量

2011.04.24
気温,積雪深

2011.04.24
積雪深


厚田 別狩 積雪深計はレーザ式 気象データ

2011.05.09
全景

2011.05.09
風向風速,日照時間

2011.05.09
降水量

2011.05.09
気温

2011.05.09
積雪深


浜益 川下 積雪深計は設置されていない 気象データ

2011.05.09
全景

2011.05.09
風向風速

2011.05.09
日照時間

2011.05.09
降水量

2011.05.09
気温


花畔神社の干支の絵馬(破魔矢) 【付録】お年玉切手シート 2015.02.16分離
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石狩市の並木 石狩市域限定
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2009.06.09 分離独立 もくじ

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2009.06.09 分離独立 もくじ

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お世話になった?車たち たまりまへんのぉ。。。(;_;) 2015.02.20分離
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