鉛 筆

食卓のふるえしレモン秋深む
十月の鞄からから風の中
抱擁の耳に過ぎ行く野分かな
ありていに言いて唇寒くする
父がする私もいつか懐手
初雪のきて書き出しの定まりぬ
凍てし夜の鉛筆だけが笑ってる
いんぎんに人歩かせる冬銀河
結氷の噂に慣れて遠く住む
新米きしきしせつないまでの白さかな  
無防備な男となりて年酒酌む
紐あまたありて女の二日かな
雪あかり少年ハモニカに縛られて
別れたる人ぞ恋しきしずり雪
放埓に過ぎて気化する三が日
凍雲を吊りてさみしきヤジロベー
一人歩きの好きな噂に二月雨
少年の男ぶりかな鬼やらい
二黄卵冬の厨をいとしめり
春昼やゆれてゆれてカード遊び
葉桜に豆腐融け出す刹那かな
花過ぎの風をまわして乳母車
遠方の白シャツ青帽麟太の忌
草いきれなべて信号赤になる
死出の荷にせめて桜の一枝を
草いきれ少女の足首そろいたる
風を巻くうかれ風鈴見せ合えり
ビール飲む堕ちた女も演じますか

1988年(昭和63年) 氷原帯投句作品
 

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