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廃橋ツアー 三弦橋ほか(シューパロ湖),タウシュベツ川橋梁ほか(糠平湖),赤岩橋,英橋,小樽内橋(新川河口橋),芦別森林鉄道の廃橋,桂沢湖の廃橋,当別町営軌道の廃橋,旧・江竜橋 もくじ

2010.05.01 公開
2013.07.09 独立
2017.05.01 更新


2010.04.27 夕張 三弦橋
糠平 タウシュベツ川橋梁,三の沢橋梁,五の沢橋梁,第五音更川橋梁
2010.07.23 糠平 第五音更川橋梁,タウシュベツ川橋梁,第三音更川橋梁
占冠 赤岩橋
2013.05.16 糠平 タウシュベツ川橋梁,五の沢橋梁,三の沢橋梁,第四音更川橋梁,第二音更川陸橋,下の沢陸橋,第三音更川橋梁
占冠 赤岩橋(跡)
夕張 三弦橋,白銀橋
2013.07.06
2013.07.27
万字 英橋
夕張 『やがて湖底に沈むことになるものたち』
三弦橋,第2,3,4,6号橋梁,白銀橋,鹿島1,2号橋,明石橋,鹿島橋,旭沢橋梁,明石町駅地下歩道,大夕張ダム,旧・シューパロトンネル
明石沢橋梁,吉野沢隧道,崩落覆い etc
2014.03.04
2014.04.11
夕張 『夕張シューパロダム試験湛水開始』
三弦橋,第2,3,4号橋梁,林鉄隧道,白銀橋,明石橋,旭沢橋梁,旧・シューパロトンネル,崩落覆い,大夕張ダム,夕張シューパロダム
2014.09.03 夕張 『ほとんど沈んでしまったけれど・・・』
三弦橋,明石橋,旭沢橋梁,(旧道)北栄橋,(新)白銀橋,夕張シューパロタ゜ム,石碑群
2014.11.13 夕張 『夕張シューパロダム,サーチャージャ・レベル(最高水位)に到達』
2015.01.15 夕張 『三弦橋,白銀橋,旭沢橋梁,再び姿を現す』
2015.01.29 夕張 『1/28 試験湛水終了水位に到達』 つまり,最も水位が低下。これから再び水位は上昇
2015.04.19 糠平 第五音更川橋梁,タウシュベツ川橋梁
2015.05.06 芦別 芦別森林鉄道の廃橋たち〜惣顔真布支線の橋
三笠 桂沢湖の廃橋たち〜桂沢橋,桂沢大橋,上桂橋
夕張 三弦橋,白銀橋はすっかり水没,(旧道)北栄橋,旭沢橋梁,明石橋
万字 英橋
2015.10.21 当別 当別町営軌道の廃橋たち〜青山奥,大袋の橋
2016.08.04 雨竜 旧・江竜橋
2013.07.29 小樽内橋(新川河口橋)
追加 2015.06.102016.05.192016.06.052017.05.01
オタルナイ橋に関するメモ (最終更新 2017.05.01)
付録 石狩川に架かる廃橋


2010.04.27 夕張,糠平


なにしろ近ごろにしてはまたとない好天。
年寄りの冷や水とも嗤われる歳にもなりながら,思い立ったが吉日でイキナリ廃橋ツアーを敢行することになった。
7:15出発,20:07帰宅。走行距離ほぼ600km。


■ 夕張

【三弦橋 その1】

 

(a)

(b)

三弦橋は,シューパロ湖(大夕張ダム湖)にかかる旧・下夕張森林鉄道夕張岳線の橋梁。
1958年完成。長さ381.8m。正式名は「第1号橋梁」。
正面から見ると三角形の三弦トラス橋。
鉄道橋としては6年しか供用されなかったが,近隣住民の人道橋としては長らく使用されたらしい。

清水沢から,清水沢ダムなどを望みながら夕張川右岸沿いに国道452号を走る。
シューパロトンネルを抜けるとすぐシューパロ湖が現れる。
大夕張ダム管理所が建ち,富良野芦別道立自然公園の景勝地でもある。
駐車場からおよそ350m先に三弦橋が見える。シューパロ湖のほとんどはまだ凍結して眠りの中。

三弦橋の左側,湖畔に沿って同じ頃架けられたいくつかの廃橋を見ることができる。(a),(b)

大夕張ダムのすぐ下流にさらに大規模な夕張シューパロダムが建設中。
2013年にこのダムが完成すると,駐車場あたりで水面は現在の地表からおよそ30mほどの高さに及ぶという。
必然的に三弦橋も水没する運命にある。

夕張川左岸の高台から三弦橋を見下ろすべく,国道452号を引き返して道道136号夕張新得線へ。
南部大橋夕張川を渡り町並みを過ぎるとすぐに行き止まりとなった。
夕張シューパロダムに関連して,この先トンネルになったりで路線変更の工事中とのこと。
上から眺める三弦橋は諦めざるをえなかった。
通り過ぎてきた町並みを振り返るとゴーストタウン
この辺りは新しいダムに沈むわけではないが,閉山以後ほとんどの住民は立ち去っていったのだという。
あらためて夕張の現実に触れる思い。


■ 夕張→糠平

シュウパロ湖から糠平湖へと向かう。

少しでも近道をしたい。
国道274号,穂別町福山から左折し道道610号占冠穂別線でニニウを経て占冠に向かおうとする。
左折したとたんに通行止め。諦めてそのまま直進。
穂高トンネルをくぐったあともうひとつの道道610号があって(ややこしい),こちらを左折する。
新しく快適な道路がでむしろ正解だった。

道東自動車道の未開通区間である夕張ICと占冠ICとの間の経路として,当たり前のように利用されているということのようだ。
道東道夕張占冠間は2011年度開通予定ということなので,ここはやがてまた静かな道路に戻るのだろう。
最近ほとんどこちらの方を走ることのない私の認識不足でした。

占冠からトマムを経て狩勝峠。
サホロリゾートを過ぎてすぐ,新得町屈足を抜けて鹿追町の瓜幕へ。
ここから道道85号鹿追糠平線で然別湖を経て糠平を目指す。
これが誤算。然別湖畔を過ぎてすぐに通行止め。ここらはまだまだ「冬期」なのだ。
結局瓜幕まで引き返し,士幌,上士幌を通って糠平湖にたどり着くこととなった。
およそ1時間のロス。


■ 糠平

【旧士幌線跡に残るコンクリートアーチ橋群】
タウシュベツ川橋梁 旧士幌線旧線 1937年建設 130m タウシュベツ展望広場から眺める
三の沢橋梁 旧士幌線新線 1955年建設 40m 三の沢橋から眺める
五の沢橋梁 旧士幌線新線 1955年建設 7m 白樺橋から眺める
第五音更川橋梁 旧士幌線 1938年建設 109m 滝の沢橋から眺める

タウシュベツ川橋梁

三の沢橋梁

五の沢橋梁

第五音更川橋梁

最大のお目当て・タウシュベツ川橋梁は旧士幌線の旧線に架かる橋で糠平湖の対岸。
かつては幌加発電所の近くから糠平湖の東岸沿いに走る林道を進んで橋梁に接近することが可能だったという。
現在は一般車両の走行は禁止とか。4kmの道程を歩いていくことは可能。要・クマ対策
しかたがないので,国道273号沿いに用意されているタウシュベツ展望広場からの眺めで我慢せざるをえない。
駐車場から展望広場まで180m。雪が残る踏み分け道を歩く。滑って転倒1回。
展望所から橋まで距離にして800m弱。
少し遠いが,ほとんど凍結した白い湖面に浮かぶ橋は陽を受けて偉容を誇っていた。

他の橋梁は旧士幌線の新線に架かる橋で糠平湖のこちら側。
つまり,国道273号とほぼ併行して,より湖畔近くにある。

旧士幌線跡は,橋梁上も含めて8.5kmほどの自然歩道「ひがし大雪の道」として供用されている。
が,この歩道(橋の上)を歩いていても橋梁の姿を見ることはできないのは当たり前のことだ。

深く考えるほどのことでもない。
旧士幌線に橋が架かっていれば,国道273号にも同じ沢に橋が架かっているはずだ。
その橋の上こそ最良のビューポイント。

ゆっくり見て歩く余裕のない日帰り旅の今回は,鉄道資料館に立ち寄ってから,4つの橋梁を眺めるにとどまった。


■ 帰路

三国峠,大雪湖を過ぎて層雲峡へと走る途中の大函。
旧道の旧大函トンネルの両側に清和橋,大函橋が架かる。
どちらの橋もいずれ廃橋化する運命にあるだろう。

清和橋でデジカメの力(電池)が尽き,大函橋から下は今後の課題として残った。




2010.07.23 糠平,占冠

21日から2泊3日の行程での石狩川上流に架かる橋巡り最後の日。
三国峠を経ての帰路,前回と逆順で廃橋ツアーを楽しむ。
しかし最後は雨がひどくなりシューパロ湖は断念。
そのかわり占冠・赤岩青巌峡を小雨の中で堪能した。

廃橋ではないが,三国峠から下る途中の松見大橋は長さ330mの上路ワーレントラス橋で壮大である。


■ 糠平

【旧士幌線跡に残るコンクリートアーチ橋群 その2】
第五音更川橋梁 旧士幌線 1938年建設 109m 滝の沢橋たもとから遊歩道に入って
タウシュベツ川橋梁 旧士幌線旧線 1937年建設 130m タウシュベツ展望台から眺める
第三音更川橋梁 旧士幌線 1936年建設 71m 泉翆橋から眺める

第五音更川橋梁

タウシュベツ川橋梁

第三音更川橋梁

第五音更川橋梁はまわりの木々の葉が茂って春のように全体を眺めることは不可能
遊歩道に分け入ってもこのアングルではほとんど橋の上面しか写せない。

タウシュベツ川橋梁に近づく林道は,もとより一般車両通行禁止
タウシュベツ展望広場までの道は整備されていて春よりはるかに歩きやすい
しかし肝心の橋梁は早くも水没していたのだった。

このあたりから国道脇駐車場でのアブ,ハチ攻撃がひどくなる。
ドアを開けようものならたちまち大群が乱入してくる。
とうとう,五の沢,三の沢橋梁では恐れをなして素通りすることになる。

第三音更川橋梁の駐車場では幸いムシが少なくホッとする。
径間32mのコンクリートアーチに見惚れる。


■ 赤岩青巌峡 (占冠)

【赤岩橋 その1】

(a)

(b)

(c)

占冠から夕張に向かって道道136号夕張新得線を走る。
長さ2,115mの赤岩トンネルを抜けるとすぐに鵡川に架かる新・赤岩橋。
渡りきったところが道道の分かれ道で,通常は直進して道道610号占冠穂別線を走って国道274号に向かう。
ここで道道136号は右折してニニウ方向へと向かうが,すぐに右手に切り替えられた旧道の赤岩橋へと通じるゲートがある。

このあたりは赤岩青巌峡と呼ばれる風光明媚な地で,景観に配慮された赤岩橋がたたずむ。(橋名板)
1959年(昭和34年)6月に作られたこの橋もすでに役目を終えて,2,3年のうちに取り壊される運命にあるという。

(a) は新・赤岩橋の上から眺めた旧・赤岩橋
(b),(c) は新旧・赤岩橋のツーショット。
新・赤岩橋は2007年(平成19)年3月完成。旧・赤岩橋のはるか上をひとまたぎする長さ94mの上路トラス橋である。




2013.05.16 糠平,占冠,夕張

15,16日,層雲峡・碧水橋目当ての橋の旅。帰路もお約束の廃橋めぐり。

旧士幌線跡では,新たに,第四音更川橋梁,第二音更川陸橋,下の沢陸橋をゲット。


■ 糠平

【旧士幌線跡に残るコンクリートアーチ橋群 その3】
タウシュベツ川橋梁 旧士幌線旧線 1937年建設 130m メトセップとタウシュベツ展望台から眺める
五の沢橋梁 旧士幌線新線 1955年建設 7m 白樺橋から眺める
三の沢橋梁 旧士幌線新線 1955年建設 40m 三の沢橋から眺める
第四音更川橋梁 旧士幌線旧線 1936年建設 91m
第二音更川陸橋 旧士幌線旧線 1936年建設 63m
下の沢陸橋 旧士幌線新線 1955年建設 47m
第三音更川橋梁 旧士幌線 1936年建設 71m 泉翆橋から眺める

タウシュベツ川橋梁_a

タウシュベツ川橋梁_b

タウシュベツ川橋梁_c

タウシュベツ川橋梁_d

タウシュベツ川橋梁_e

五の沢橋梁

三の沢橋梁_a

三の沢橋梁_b

第四音更川橋梁_a

第四音更川橋梁_b

第四音更川橋梁_c

第二音更川陸橋

下の沢陸橋

第三音更川橋梁_a

第三音更川橋梁_b
タウシュベツ川橋梁に近づける林道はやはり通行止め。メトセップから(a)と,展望広場から(b-e)遠望する。
湖水はまだ少なく,橋は完全に露出している。
五の沢橋梁,三の沢橋梁,第三音更川橋梁はいずれも国道脇に駐車スペースが設けられていてお馴染みの橋。
今回は糠平から上士幌に向かって鱒見トンネル手前で駐車,初対面の橋に迫ってみた。
第四音更川橋梁は糠平ダム建設により切り替えられた旧線に架かる。全体が繋がっていないのは崩落したせいかと思ったが,音更川の流れの上に架かっていたのは鉄製の桁橋ですでに撤去されたのだという。
第二音更川陸橋は音更川を渡るのではなく断崖絶壁に沿って架けられた橋で,これも旧線。
その第二音更川陸橋のかなり上にもアーチが見られる。こちらは高い位置に付替えられた新線であろう。格子状の構造の両側にアーチが連なる。格子状の構造物は落石おおいで覆道のようなもの。右のアーチが下の沢陸橋で左のアーチが糠平第二陸橋ということらしい。


■ 赤岩青巌峡 (占冠)

【赤岩橋 その2】

(a)

(b)
旧・赤岩橋はすでに撤去されていた。
いい雰囲気の真っ赤なローゼ橋だったたけに惜しまれる。
アーチを受ける斜めの橋台が遺されていて往時が偲ばれる。


■ 夕張

【三弦橋 その2】

(a)

(b)
新しいダムはまだ完成していないが,国道452号はすでに切り替わっていて全長2310mの長いシューパロトンネルを抜けるとシューパロ湖を眺望できる駐車スペースが設けられている。
ここからだと三弦橋は2km以上離れているが,水没前なのではっきりと見ることができる(a)。
反対の方角にランガー橋が見えるが,この橋もいずれ水没するのだろう(b)。
その向こうに新たに長大なコンクリート箱桁橋が建造中であるようだ。

(b)の橋は白銀橋であるということが後でわかった。




2013.07.06 & 2013.07.27 万字,夕張

2013.07.06 6/28 にも訪れたのだが,天気がイマイチだったうえ,英橋を発見できなかったためこの日再チャレンジ。
2013.07.27 そしてこの日は,三菱大夕張鉄道の遺構を主眼に徘徊する。


■ 万字

【英橋】
2013.07.06
現橋から
2013.07.06
現橋から
2013.07.06
藪を漕いで接近
2013.07.06
藪を漕いで接近
2013.07.27
現橋から

2013.07.06
道道38号夕張岩見沢線の旧道がポンネペツ川に架かる橋で2代目だという。
現在の英橋は3代目で1969年(昭和44年)完成。
1937年(昭和12年)に架けられた2代目は,役目を終えて43年経過。橋の上に雑草や樹木が生い茂る。
アプローチも身の丈以上に伸びたササやイタドリの藪が侵入を拒む。

2013.07.27
近くに1985年(昭和60年)に廃線となった国鉄万字線の終点・万字炭山駅跡がある。駅舎は最近まで再利用されていたとのことだが,すでに取り壊されていた。
また,万字炭鉱跡地にはズリ山なども利用して面積21haという広大な万字炭山森林公園が整備されている。公園内には木橋の"にしはらばし"が架かる。


■ 夕張

【三弦橋(ほか) その3】

 《三弦橋》

2013.07.06

2013.07.06

2013.07.06

2013.07.06

2013.07.27

2013.07.27

下夕張森林鉄道夕張岳線の第1号橋梁。
1958年(昭和33年)完成,1963年(昭和38年)森林鉄道の廃止とともに鉄道橋としては使命を終える。

 《三弦橋に続く森林鉄道橋梁群》
2013.07.06


第6号橋梁

第4号橋梁

第3号橋梁

第2号橋梁
2013.07.27


第6号橋梁

第5号橋梁

第4号橋梁

第3号橋梁

第2号橋梁

1958年(昭和33年),下夕張森林鉄道夕張岳線には三弦橋のほかにも5ヶの橋梁が架けられた。
国道452号の旧道を走っていてシューパロ湖の対岸に第5号以外の4ヶの橋が確認された(7/6)。
上の写真は見た目と同様に左(上流)から右(下流)に並べてある。第2号が三弦橋に隣接する。
これらもすべて水没する運命にある。

第5号橋梁は第6号に隣接していながら線路が彎曲しているので少し位置をずらして(角度を変えて)眺めなければ確認できない(7/27)。
それにしてもたかだか3週間の隔たりで水位が極端に下がっている(およそ9m)のには驚かされる。

 《白銀橋》

 

 

 

 

 

夕張岳登山道入口となる夕張市道奥鹿島線が夕張川に架かる橋。5/16に遠望した橋である。
1968年(昭和43年)完成。橋名板はもはやない。
この道路は夕張岳登山口への鹿島林道に接続する。
白銀橋も含め市道のかなりの部分が水没することになるので,現在付け替え道路および橋が建設中である。
平日には頻繁に工事車両が走行するので危険である。

 《鹿島1号橋,2号橋》

鹿島1号橋

鹿島2号橋

夕張市道奥鹿島線がペンケモユーパロ川に架かる橋たち。(橋名板には"滝の沢"とある)
1号橋のかなり上に,架け替えられた新橋が見える。
このあと市道は急な勾配を上がって新橋へのアプローチ合流し,ここから先(2号橋も含め)は水没を免れる。
1号橋から鹿島林道入口までは約1.4km,2号橋までは約0.7km。
さらに約1.7km先の鹿島右股林道との分岐点で車両通行止め
ここから夕張岳ヒュッテまでの約7kmは歩かねばならないようだ。

 《明石橋,鹿島橋》

明石橋

鹿島橋

明石橋は国道452号の旧道で明石沢川に架かり,中央分離帯を持つ。
鹿島橋は夕張市道。いまは人っ子ひとりいない千年町と常磐町とを結ぶ夕張川に架かる橋。
どちらの橋も水没予定。

鹿島(大夕張)地区にはかつて2万人もの人々が暮らしていたのだという。
1990年(平成2年)三菱南大夕張炭鉱,閉山。
夕張シューパロダムの建設に伴って,1997年(平成9年)鹿島地区住民の移転開始。翌年移転完了,人口ゼロに。

 《三菱大夕張鉄道線の遺構》

2013.07.06

旭沢橋梁-a

旭沢橋梁-b

明石町駅地下歩道-a

旭沢橋梁(トラスドガーダー橋)は旧国道の明石橋と並んで架設されていて,明石橋の歩道上からその雄姿を堪能できる。
遠くに,付け替えられた現国道が走っているのが見える。
地下歩道は明石町駅の近くに造られたらしい。
これらも水没する。
明石町の高台に開校した鹿島高校はその後夕張東高校と名を変え,昭和58年閉校。
現在,記念塔が立つ。

2013.07.27

青葉隧道

青葉崩落覆い

シューパロ湖駅跡

吉野沢隧道

明石沢橋梁-a

明石沢橋梁-b

明石町駅地下歩道-b

旭沢橋梁-c

旭沢橋梁-d

青葉隧道は拡幅して国道トンネルに変身。先代シューパロトンネルとして使用されたのは2002年から2011年12月までの10年間。もったいない。
青葉崩落覆いは青葉隧道を出て200m,大夕張ダム管理所から100m足らず。
覆道の中からダムの方向と,反対の方向を眺める。
シューパロ湖駅跡は,もしかすると農場前駅跡の間違いかもしれない。
吉野沢隧道はがっちりと塞がれていた。
明石沢橋梁は今回の目玉の一つ。首尾よく発見できて嬉しい。
旭沢橋梁の d は,付け替えられた新国道に架かる緑橋の上からで,c とは反対の位置関係になる。
夕張岳登山口へと向かう工事中の付け替え道路と合わせて眺めてみる

 《水没する現・大夕張ダム》

(a) 

 (b)

 (c)

 (d)

 (e)

旧シューパロトンネル

現・大夕張ダムは1962年(昭和37年)完成の重力式コンクリートダム。
堤高 : 67.5m,堤頂長 : 251.7m,湛水面積 : 475.0ha,天端標高 : 266.5m
常時満水位は標高264.5m,最低水位で標高230m
ダム管理所看板庁舎水利使用標識夕張川総合開発記念碑慰霊碑
(a)とほぼ同じアングルの3年前(2010.04.27)。向こうにそそり立つ夕張シューパロダムの堤体はまだ見えない。
(b) 今後は湖底にあって土砂を堰きとめる砂防ダムの役割を果たすことになるらしい。
(c) ダム直下に,巨大な夕張シューパロダムに挟まれてもはや身動きもできず,やがて水没する運命にある二股発電所(14,700kW)が見える。
また,夕張シューパロダム堤体の下部には,完成後湛水のために最後に閉じられる水門が見られる。
(d) 堤体の前面。
(e) 立入禁止柵の隙間から天端を写す。夕張シューパロダム満水時には,水面から約30m下に沈むことになる。思い切り渇水時には顔を出すのかもしれない。

大夕張ダムの155m下流に建設中の夕張シューパロダムは2014年(平成26年)完成予定の重力式コンクリートダム。
堤高 : 110.6m,堤頂長 : 390.0m,湛水面積 : 1510.0ha,天端標高 : 306.6m
常時満水位は標高297m,最低水位で標高259.6m
代替発電所として建設されているシューパロ発電所の出力は,26,600kW
2014.03月から試験湛水開始。水面は現ダム水面より40数m上昇するという。

旧・シューパロトンネルは延長 449m銘板1銘板2
ダムの上手(終点側)は完全に水没するだろうから,完璧に塞がないととんでもないことになりそう…
実はこのトンネルは2代目で,初代のトンネルを通っていた旧国道が夕張シューパロダム堤体建設の障害となるために一時的に付け替えられ,廃線(サイクリングロード)となっていた三菱大夕張鉄道線の青葉隧道を拡幅再利用したものである。

新・シューパロトンネルは延長 2310m銘板1銘板2

 《水没するわけではないけど,おまけの三菱大夕張鉄道車両保存地

 

 

 

 

南大夕張駅舎跡のホームに,客車,貨車などが保存,展示されている。
国道を挟んで向かい側の廃屋が,夕張の現況を物語っているかのようである。

三菱大夕張鉄道は,沿線に開発された炭鉱の専用鉄道として夕張川に沿って敷設され,石炭輸送のみならず,地域住民の貴重な足として親しまれた。

1911年(明治44年) 清水沢 - 二股(後・南大夕張) 間で開業
1929年(昭和04年) 南大夕張 - 通洞(後・大夕張炭山) 間開業
1973年(昭和48年) 三菱大夕張炭鉱閉山に伴い 南大夕張 - 大夕張炭山 間廃止
1987年(昭和62年) 三菱南大夕張炭鉱の合理化に伴い 清水沢 - 南大夕張 間廃止




2014.03.04 夕張

2014.03.04 この日,夕張シューパロダムの試験湛水が始まるという。
南部大橋を渡り夕張川左岸沿いに道道136号(夕張新得線)を走って南大夕張トンネルの手前からダム管理棟に向かう。
ラッキーなことに,この日だけ大夕張ダム天端や夕張シューパロダムの近くまで案内してくれるという。
おかげで思いがけない写真を撮ることができた。


■ 夕張

 《三弦橋》

a

b

c

d

e

f

凍結し白雪に覆われた湖面に美しく浮かぶ三弦橋。下ではどういうわけか盛んに砕氷作業が実施されている。
4月中旬には水没するという。

 《森林鉄道橋梁および隧道群》

第1,2,3,4号橋梁

第2,3,4号橋梁

第4号橋梁

第3号橋梁

第2号橋梁

隧道

隧道

管理棟近くからでは第5,6号橋梁は確認できない。
そのかわり,初めて三弦橋につながるトンネルにお目にかかることができた。
水没する大夕張ダムの左岸側天端のすぐ脇に入口があり,このトンネルも水没するのだろう。


 《白銀橋,明石橋,旭沢橋梁,旧シューパロトンネル,崩落覆い》

新旧・白銀橋

旭沢橋梁,明石橋

新・白銀橋と

旧シューパロトンネル

崩落覆い

白銀橋と三弦橋(a)は新・シューパロトンネルの出口近くの眺望駐車場から。
旭沢橋梁と新・白銀橋は,緑橋の上から。
旧シューパロトンネル,崩落覆いは管理棟近くから。


 《大夕張ダム》

a

b

c

d

e

f

(a) まもなく水没するダム全景。
(c) ダム天端。
(d) 発電所は撤去されていた。

 《夕張シューパロダム》

a

b

c

d

e

f

(a) 湛水。
(b) 新旧ダムのツーショットも見納めかもしれない。
(c) 最後の水門も閉じられ,水が溜まりはじめている。
(d) このあと案内された櫓?どうやらこれもそのまま水没するようだ。
(f) 新ダムの天端。天端からダム下流を望む

 《おまけ》

黄色いハンカチ

大煙突

夕張といえば『幸せの黄色いハンカチ』。雪に埋もれて健さんの気配はない。
大煙突はユーパロの湯(現・夕鹿の湯)のシンボル


2014.04.11 試験湛水開始後1ヶ月経過。今月中には三弦橋も水没するという。
三角形の橋体のみを湖面に積もった雪の上にのせた美しい姿を見せていた。
大夕張ダムは天端も水没。吐水口の上に突き出ていた4ヶの構造物の先だけが辛うじて見えている。
旧シューパロトンネルも半分ほど水没。
旧白銀橋も橋桁すれすれまで水がきているようだった。


三弦橋

大夕張ダム

旧シューパロトンネル

新旧・白銀橋

旭沢橋梁,明石橋

夕張シューバロダム総合建設事業所によると
  「シューパロ湖に架かる三弦橋は、
     4月26日(土)の夜9時頃に完全に水没しました。」

とのことである。 (2014.0721 記)




2014.09.03 夕張

2014.09.03 前日,層雲峡本流林道を堪能しての帰路,富良野,桂沢湖経由で立ち寄る。
夕張シューパロダムの常時満水位は EL297.0m。この日の試験湛水・貯水位は EL294.3m ということだった。
つまり,あと 3m 足らずで満水位となる。
三弦橋も,旧大夕張ダムの天端も,旧・白銀橋も,,,ほとんどのものがすっかり水没し影も形も見えない。
そんな中で,ダム湖最奥部に当る旧道の北栄橋は沈みそうにもない。
さらには,ふたつ並んでいる旭沢橋梁と明石橋を,水面すれすれに確認できたのは嬉しかった。


■ 夕張

  《旧道・北栄橋,明石橋,旭沢橋梁》

旧道・北栄橋

旭沢橋梁,明石橋

新・白銀橋と
旧道・北栄橋は,新道・北栄橋の上から。 満水位になって橋桁すれすれだろうか?
旭沢橋梁,明石橋は,新道・緑橋の上から眺める。水没寸前,偶然にもまたとない巡り合わせだった。

  《水没から救い出された石碑群》
夕張東高・記念塔」があったあたりの広場に,たんさんの石碑が集められている。
鹿島小学校碑」,「鹿島中学校閉校記念碑」,「道路開通記念碑」,そして「ふる里 大夕張の碑」ほかいくつか。
こういう光景を眺めると,かえって切なくなるというもの。

  《通行可能になった新・白銀橋







 《夕張シューパロダム》

満水レベルは青

三弦橋は?

旧大夕張ダムは?

この日のダムの水位は294.3m。
三弦橋の上弦は276.4m (下弦は268.3m)。18m も沈んでいる!これでは見えない。
旧・大夕張ダムの頂部は267.2m。こちらは 27m も。いよいよ見えるわけがない。
このあと満水までいったら,いったん最低水位 259.6m まで下げるというから,その時には三弦橋にも大夕張ダムにも再会できるのだろう。

かつて大夕張ダム管理所脇に立っていた夕張川総合開発記念碑慰霊碑は,いま,現ダム管理棟前に移設されている。




2014.11.13 夕張

2014.11.13 この日,試験湛水中の夕張シューパロダムがサーチャージャ・レベル(洪水時最高水位)に到達したという(8:05am)。
12門の洪水吐から自然越流して水が流れ落ちる。
折からの冬将軍到来の中,かねてからの情報でこの日が予測されたので,風邪気味をおして野次馬は走る。
幸い風も雪も雨もさほどでなく,時に青空さえも垣間見える。

しかし,”越流”はあくまでも越流。
強い水圧がかかって噴出するアーチダムなどでの”放流”とはまるで異なる光景であることを思い知らされる。
レベルを超えた水がダム堤全面の傾斜した壁に沿って静かに流れ落ちるだけなのだ。
やや,というか,かなりの腰砕け。


■ 夕張

 《夕張シューパロダム》

a

b

c

d

e

f

g

h

i

j

k

l

m

n
(a) ダム下流の出合い橋から見上げた夕張シューパロダム
(b,c) 出合い橋から見た越流. 非常用洪水吐からの越流は写真でもはっきり確認できるが,(b) の右側4門=常用洪水吐からはなぜか越流していない
(d) 堤体横から
(e,f) 堤頂から越流を見下ろす
(g) サーチャージャ・レベルは301.5m
(h,i) ダム湖側から見た堤体. (i) は管理棟の中から
(j) 堤頂から管理棟を望む
(k) 堤体右岸側
(l) 堤体横からダム下流を望む
(m) 新白銀橋 (すでに通行禁止になっていた)
(n) 千年橋と新白銀橋


11月13日,ダム堤体脇に着いたのは午前11時ころだった。
サーチャージャ・レベルに到達して僅か3時間後。どうやら着くのが早すぎたようだ。
開発局札幌開発建設部のHPで,13,14日の越流状況写真・動画を閲覧することができる。
14日の動画を見ると,少なくとも私の早すぎた写真よりも迫力がある。ちょっと口惜しい・・・
半分負け惜しみながら,私は必ずしもダム・マニアではない。
廃橋(三弦橋)に魅かれて行った先がたまたまダムだった,というだけの話である。
けれども,湖底に沈んだ人々の暮らし,集落,家並,田畑,街路,そしてもともとの川や丘や野原や木々・・・
それらを想うと切ない。
実は2012年竣工の当別ダムについても,2009年以降しばしば現地を訪れて湖底に沈むことになる風景を撮り続けた。
そのうち関連ページとして公開できればいいと思っている。
(2014.11.16 追記)




2015.01.15 夕張

2014.11.15 夕張シューパロダムは試験湛水でいったんサーチャージャ・レベル(301.5m)まで水を貯めた後,こんどは2月まで放水し続けて貯水位をぐんぐん下げている。
三弦橋の上弦の高さが276.4m。13日,貯水位が276.12m(9:00am)まで下がり僅かに姿を現したらしい。

こうなるとすぐにも行って見たくなるところだが,14日は石狩川河口での朝陽とのご対面予定日。
翌15日,橋たちに会いに行ってきた。この日の水位は274.74m(9:00am)。
三弦橋と,それに続く林鉄橋梁は,やっとトラスの頂部が水面から顔を覗かせているくらい。
白銀橋,旭沢橋梁(と,並んで架かる旧道・明石橋)は水面から大きく出ている。

最低水位(259.6m)まで下がると三弦橋はすっかり露出する。
そのころもう一度眺めに来ることになりそうな予感。


■ 夕張

 《夕張シューパロダム》

 

 

激しい放流

 《三弦橋と林鉄橋梁》

三弦橋

三弦橋

三弦橋

第2号橋梁

第4号橋梁

 《旭沢橋梁+旧道・明石橋と白銀橋》

旭沢橋梁

白銀橋

白銀橋

白銀橋




2015.01.29 夕張

2015.01.28 放流を続けてきた夕張シューパロダムは試験湛水を終了する最低水位 264.5m まで低下したという。
これからは再び貯水を開始し,3月7日には竣工式が開催されるらしい。

要するにいま,最も水位の下がった状態にあるということである。
翌29日,姿をはっきりと現した橋たちに会いに行った。水位は 264.55m。
(ダムの諸元による最低水位は 259.6m だが,ここまでは下げないらしい)

いったん水没し,再び姿を現した橋たち(三弦橋とそれに続く林鉄橋梁,旧・白銀橋,旭沢橋梁と旧道・明石橋),さらには,旧・大夕張ダム天端,旧・シューパロトンネル坑口,崩落覆い,そして三弦橋につづく林鉄隧道などをカメラに収めた。
3月以降次々に湖水に沈むことになるだろう。


■ 夕張

 《三弦橋》

管理棟前から

管理棟前から

国道452号から
左の写真では,対岸に三弦橋(第1号橋梁)に続く林鉄・第2,3,4号橋梁も小さく見える。
右の写真は,シューパロトンネルを抜け明石橋を渡ってすぐに設けられている展望Pから。

 《林鉄橋梁》

第2号橋梁

第3号橋梁

第4号橋梁

第5号橋梁

第2,3,4号橋梁
第2,3,4号橋梁は管理棟前から。
第5号橋梁は国道452号・明石橋を渡ってすぐの展望Pから。
ここからは角度を変えて,第2,3,4号橋梁も望むことができる。
第6号橋梁はどこからも確認できなかった。

 《旭沢橋梁+旧道・明石橋》

 

明石橋を歩く人 

新・白銀橋から
左の2枚は,国道452号・緑橋の上から。
旧国道・明石橋の上を独りスノーシューイングを楽しんでいる男性を発見。

 《白銀橋》

 新・白銀橋から

a 

 b

 c

 新・白銀橋
すっかり姿を現した白銀橋をいろいろな角度から捉えてみる。

 《旧・シューパロトンネル,崩落覆い,林鉄隧道,旧・大夕張ダム》

シューパロトンネル

崩落覆い

林鉄隧道

大夕張ダム天端

大夕張ダム天端

大夕張ダム天端
トンネル群は,およそ1年前,試験湛水初日の2014.03.04の姿とほとんど変わらない。
が,これ以上下がらないという水位でも,大夕張ダム天端近くまであるということが分かる。

 《夕張シューパロダム》

 

天端からダム湖

天端から下流
試験湛水は終了してこれから貯水を開始するとはいえ,ある程度の放流は続けられるのだろう。




2015.04.19 糠平

湧別方面への所用の帰路,久しぶりにタウシュベツ川橋梁を眺めに遠回りする。
電光掲示板には”夏タイヤ走行禁止”と表示されていて,石北,三国,狩勝の三峠越えはおっかなびっくり。
実際三国峠では小雪+一部シャーベット状路面だったが,なんとか無事に帰ってこられてほっとしている。


■ 糠平

【旧士幌線跡に残るコンクリートアーチ橋群 その4】
第五音更川橋梁 旧士幌線 1938年建設 109m 音更川に架かる滝の沢橋から
タウシュベツ川橋梁 旧士幌線旧線 1937年建設 130m 音更川支流メトセップ川に架かるメトセップ橋のたもとの駐車帯から,
および,タウシュベツ展望台から

第五音更川橋梁

タウシュベツ川橋梁_a

タウシュベツ川橋梁_b

タウシュベツ川橋梁_c

タウシュベツ川橋梁_d

まだまだ雪に閉ざされた廃橋たちだった。
もしかしたらこの時期がもっとも糠平湖の水位が下がって,タウシュベツ川橋梁が露出度最大なのかもしれない。
でも湖面の氷は緩み始めていて歩いて近づくのはとても無理だろう。

タウシュベツ川橋梁の a はメトセップ橋たもとから。
b,c,d は,展望台から。




2015.05.06 芦別,三笠,夕張,万字

2015.05.06 4/19 糠平からの帰路,狩勝峠,富良野経由で芦別川沿いに国道452号を走っていた。
ふと,まだ芽吹き前の裸の木立越しに数本の橋脚が見えた。
三芦トンネルを抜けて桂沢湖畔に近づくと,眼下に曲弦トラス橋が目に留まった。
この日はタウシュベツ展望台からデジカメが不調。どちらの写真も撮れず・・・

気になってしかたがない。
5/6 天気もいい。確かめるならいましかないっ!
三笠経由三段滝でお弁当。帰りは夕張,万字経由で廃橋三昧のいち日だった。


■ 芦別

【芦別森林鉄道・惣顔真布支線】

 

 

 
芦別森林鉄道の開設は1932年(昭和7)とかなり古く,1961年(昭和36)廃止,撤去されている。
惣顔真布支線の着工は1957年(昭和32)とのことなので,かなり短命だったようだ。
芦別川の支流・惣顔真布(そうかおまっぷ)川左岸に添って敷設された鉄道の撤去後は林道となっている。
現在,右岸にも林道が見られる。

三段滝公園から,国道452号に付かず離れずの芦別川上流に向かっておよそ2kmちょっと走ると右手林間に橋脚が見え隠れする。
そのうち木の葉が茂るとまったく見えなくなるかもしれないが,惣顔真布川に架かる深山橋を渡ってすぐに橋台が見つかる。現在残っているのは,両側の橋台と4本の橋脚が突っ立っているのみで橋桁はない。
なお,深山橋の橋名板で川の名が”惣瀬真布川”となっているがなぜだろう?

芦別川沿いのみならず,かつては石炭と森林という資源に恵まれた芦別一帯にはいまも多くの廃橋が眠っているに違いなく,いずれ時間が取れたら探しに行きたいものである。


■ 三笠

【桂沢湖】

手前は取水塔

天端・左岸を見る

天端・右岸を見る

歌碑

エゾミカサリュウ

現・桂沢ダムは幾春別川上流に位置し,1957年(昭和32年)完成の重力式コンクリートダム。
堤高 : 63.6m,堤頂長 : 334.3m,湛水面積 : 499.0ha,天端標高 : 188.6m

現在桂沢ダム再開発事業として新桂沢ダムを建設中。
大夕張ダム⇒夕張シューパロダムの場合と違って,現在のダムに11.9m(始めの計画では12.4m)嵩上げするという手法が用いられる。

堤高 : 75.5m,堤頂長 : 406.5m,湛水面積 : 666.0ha,天端標高 : 200.5m
常時満水位は標高193.1m,最低水位で標高158.0m

それのみ真新しい取水塔は先に完成(2012年)したが,事業は一時凍結され,2015年度からダム本体工事が着工される。事業の完成は2020年度の予定らしい。

天端・右岸側左岸側ともに新ダムが完成するとここまで水位が上がるという赤白の四角い標識(目印)が掲げられている。
右岸側の赤白標識よりやや上に従来からの展望所があり歌碑が置かれている。

当初ティラノザウルスの新種と考えられていた恐竜クンは,その後爬虫類だとわかってちょっとガッカリだったけれど,新ダムができても水没はまぬがれるらしい。

恐竜クンはともかく,ダム嵩上げによる水位上昇で水没することになる橋がいくつかある。

 桂沢橋

右岸から

左岸から

左岸から

右岸・国道から

桂竜橋から見下ろす

桂竜橋を見上げる
桂沢橋は幾春別川の支流・上一の沢に架かる。ほとんど桂沢湖の一部のようにも見えるが・・・1969年(昭和44)完成
1985年(昭和60)完成の現国道452号,長さ248mのトラス橋・桂竜橋右岸たもとから旧道を下りて行くと現れる。

左岸の道路が陥没していて車両の通行は不能。
右岸に赤白の標識が設置されているが,ダム嵩上げ後上昇する水位を示しているのだろう。橋の床板すれすれまで水が上がりそうな気がする。

 桂沢大橋

左岸

仮設構台と

仮設構台から

上桂橋から
桂沢大橋は国道452号が桂沢湖を横断する長さ323m,現在現役バリバリの橋である。
しっかりとしたローゼ橋で美しい。
親柱も恐竜やアンモナイトの化石があしらわれていてとても凝った造りだ。

1987年(昭和62年)完成というから,桂竜橋よりも新しい。
にもかかわらずダムの嵩上げにより水没するので架け替えられるという。
もうじき廃橋になる運命なのだ。もったいない。

すでに新しい橋(仮称・桂沢ダム8号橋,長さ416.1m)の下部工(橋脚工事)が始められていて,ほぼ完成した橋脚も見られる。
橋の上からは上流方向に林道橋の上桂橋を望むことができる。

 上桂橋

左岸

右岸

中ほどから右岸を

桂沢大橋から
1956年(昭和31)完成桂沢幹線林道の橋。
このワーレントラスはいかにも森林鉄道の鉄橋を思わせるが,前身はどうだったのだろうか。
左岸で道路が陥没,当然車両は通行禁止
橋の上から下流方向に桂沢大橋が美しい。


■ 夕張

【(旧道)北栄橋,旭沢橋梁,明石橋,白銀橋,三弦橋】

(旧道)北栄橋

(旧道)北栄橋

旭沢橋梁・明石橋

旭沢橋梁・明石橋

白銀橋

三弦橋
(旧道)北栄橋は新道の北栄橋の上から。
旭沢橋梁は新道の緑橋の上から。
この日ダムの水位はおよそEL291m。常時満水位はプラス6m。
旭沢橋梁は水没しても北栄橋は完全に水没することはないだろう。

白銀橋は1/29の(a)とほぼ同じ位置,方向で撮ったもの
三弦橋は管理棟前から撮ったもの。
どちらの橋の姿もすでにまったく見えない。

3月7日行われた竣工式に合わせたのかもしれないが,ダム堤体に銘板が埋め込まれていた。

1985年(昭和60)三菱南大夕張炭鉱ガス爆発事故の殉職者慰霊碑に手を合わせて帰ってきた。


■ 万字

【英橋】

右岸から歩く

中央付近

現橋と

左岸で振り返る

現橋から

現橋から

藪をこいで接近し,樹が生い茂る橋の上をついに渡り切った。
この時期を逃すとほとんど無理なのではないだろうか。
樹が生えた橋を歩いたのは,層雲峡の碧水橋以来である。




2015.10.21 当別

2015.10.21 インターネットをうろうろしていて当別の廃橋の存在を知る。
当別といえば石狩の隣町。なのに,そもそも当別川に沿って当別町営軌道なるものが走っていたのも知らなかった。
当別川沿いの道道28号・当別浜益港線は,以前からしばしば走る道だったというのに。

当別ダムに沈んだ橋脚たちはよほど水位が下がらないと見られないだろうが,当別ダムより上流の廃橋ならば見られるかもしれない。
というわけで,紅葉(青山ダムの蔦紅葉)のピークは過ぎたものの会えるかもしれない,との思いで走る。晴天かつ正解。


■ 当別

【当別町営軌道(簡易軌道)】

当別町営軌道は戦後の緊急農地開拓と木材輸送のため1947年(昭和22)着工。
札沼線・石狩当別駅から終点・大袋(青山ダムのすぐ南)まで全線開通したのは1952年(昭和27)。
(大袋の地名は道道28号の橋の名に残る)
全線当別川に沿って敷設されたため,橋梁の数は簡易軌道随一だったといわれる。
逆に融雪時や豪雨による当別川の増水に悩まされ続ける。
1954年(昭和29)の洞爺丸台風で一時営業休止,1956年(昭和31)事業が打ち切られる。(書類上の廃止は1958)

青山ダム(1951着工)が完成したのは1962年(昭和37)だから,そのときすでに町営軌道は廃止されていたことになる。

 青山奥

青山奥橋から

青山奥橋と

左岸河原から

薮の中

左岸河原から

青山奥橋と
道道28号に架かる青山奥橋の上流側。
青山奥橋からも望むことができるが,川の水位がさほどでもなければ容易に河原まで下りることができるので間近に眺めることができる。
右岸側の橋脚2基のうち1基は倒れて流れの中にある。
左岸側の橋脚は3基。薮の中なのであまり近づけなかった。

 大袋

左岸側から

右岸側から

左岸川岸から
終点・大袋のひとつ手前の駅のあたりから大袋へ向かう道路の当別川に架かる橋。
支流の西野沢川に架かる西野橋より250mほど当別寄りの地点で道道28号から分岐。
どうやらかつての町営軌道の橋脚を利用して架けられたものらしい。
しっかりとした最近の轍もついていて,細いけれど現在も使われているようだ。
したがって,廃橋のくくりにまとめるにはためらいもあるが,古色蒼然たる姿に趣きがある。




2016.08.04 旧・江竜橋

2016.08.04 江竜橋の旧橋。右岸側・雨竜川低水路上の1径間は当たり前のような顔をしてそこにあった。

2011年12月,2002年に着工された新・江竜橋が供用開始。
その日を持って1965年から使われてきた旧橋は46年間の任務を終えたはずだった。

にもかかわらず一部とはいえ5年近くあり続ける旧橋はもはや立派な廃橋。
完全に姿を消す日までウオッチすることにした。


■ 雨竜

【旧・江竜橋】

(a)

(b)

2016.09.27
(a) 撤去されずに残されている雨竜川低水路上の1径間。
(b) 手前は橋台の名残,右は新・江竜橋。

2016.09.27 横から見た旧橋橋桁。新橋とともに。




2013.07.29 小樽内橋 (新川河口橋)


【小樽内橋 (新川河口橋)】

1975(昭和50).4.15 石狩湾新港の管理上の確執を解決するために,現在銭函4,5丁目となっている部分を当時の石狩町(大字樽川村)から小樽市に割譲するという乱暴な方策が採られた。
もとをただせば,オタルナイ川右岸は石狩市なのである。

というわけで,石狩に因縁浅からぬ廃橋として新川河口近くに架かるオタルナイ橋をとりあげないわけにはいかない。
実際2007年から2009年にかけて何度か訪れているのだが,2010年以降はなぜかすっかり足が遠ざかっていた。
言い訳がましいけどとにかく忙しい。
廃橋ツアーのページを独立させて,はたとオタルナイ橋を思い出した次第である。


2013.07.26 全景

鋼材の古さの違い

右岸橋歴板

左岸橋歴板
それにしても謎の多い橋である。
ネット上で拾い集めた情報によると,残っている鋼桁の右側には木橋が繋がっていたという。
鋼桁もよく見ると,一番右の径間と左の3径間とでは径間長だけでなく,乗っている鋼材の古さが違う。
右岸側の橋歴板によると,1966年11月 北海道建造 とあり,
左岸側の橋歴板によると,1982年6月 小樽市 とある。
すでにない右岸木橋を含めると3つの部分からなっているという不思議な橋だ。

そうこうしているうちに発見したのがこの写真。(出典:樽川村地主会発行『樽川百年誌』 昭和52.3.1)
橋の上を車が通過中だから,現役バリバリのころの姿に間違いない。
撮影は1972(昭和47)年ということで,翌1973年には石狩湾新港工事が開始されている。
キャプションには"新川河口橋"とあるこの橋をよく見ると,中間の2径間のみ鋼桁で,両側とも木造橋である。
常時水の流れる低水路のみ鋼橋で,高水敷(河川敷)は木橋だったというわけである。

国土交通省国土画像情報(カラー空中写真)地理院地図(電子国土Web)などからあれこれ空想してみる。

1960年代中頃,それまでは旧オタルナイ川のままの姿で汀線に平行して北東へと曲がって流れていた新川河口部を,ショートカットするとともに護岸工事が行われたようだ(旧河口部は沼となって取り残される)。
そのとき新たに架け直されたのが先の写真の"新川河口橋"だったに違いない。

そして1980年代初めにオタルナイ橋が架かる近辺で,左岸の川幅を拡げると同時に護岸工事が施工されたようだ。
このとき旧橋の左岸側(鋼橋1径間も含め)を撤去し,新たに橋脚,橋台とともに3径間の鋼橋を旧橋に継ぎ足したのが現在残っている橋なのだ。
右岸側の木橋はそのまま据え置かれ,3つの部分からなる橋として使用され続けた。

しかしやがて木は朽ち危険な状態になって,管理上の問題から2000年前後に木造部分が取り壊されたということだろう。


2007.08.21

2007.08.22a

2007.08.22b

2008.01.08a

2008.01.08b

2008.01.08c

2008.06.21a

2008.06.21b

2008.06.21c

2009.06.03a

2009.06.03b

2009.06.23

2013.07.22a

2013.07.22b

2013.07.22c

2013.07.26a

2013.07.26b

2013.07.26c

2015.06.10 追加 ・・・ 左岸から接近


a

b

c

d

e

f
去年は一度も足を運ばなかったのでほぼ2年ぶりのオタルナイ橋である。
新川左岸河口波打際まで出てから振り返り,できるだけこれまでにないアングルで近づいてみた。
(a)は,札幌市の西部スラッジセンターとほとんど一体化したようなオタルナイ橋。手稲斎場は隠れて見えない。
(b)は,右岸側にまだ残る木橋の残骸。
(c),(d)は,鋼橋の継ぎ足し部分を下流側からと,橋の上から眺めている。古さの違いが明らかである。
(e)は,左岸側,松浦武四郎も眺めたであろうハマナスたちと。
(f)は,下から見上げてみた。まだしばらくは大丈夫そう。。。保証はしませんが。

この日は新川左岸河口からドリームビーチにかけての砂丘浜崖に営巣するショウドウツバメたちのコロニーをたずねるのももうひとつの目的だった。

2016.05.19 追加 ・・・ 右岸から接近


a

b

c

d

e

f
この日も左岸から近づくつもりだったが,濁川に架かるバッタ塚橋を過ぎてすぐ,西部スラッジセンター脇の新川左岸堤防上の道に車止めが設置されていた。
時間がないので歩くのは諦め,右岸から接近する。
(a)は上流からの,(f)は下流からの全景。
(c)は,かつての木橋の橋台で,(d),(e)の手前にあるのは同じく橋脚と思われる。

4月,北海道新聞にも撤去への動きが報じられ,いくらか注目を集めているフシがある。
観光客?もやや増えたのか,橋に近づく踏み分け道(けもの道)もしっかりと残されている。(@A)

右岸側(かつては石狩町オタネ浜)砂丘の浜崖では早くもショウドウツバメたちが営巣し飛び交っていた。

2016.06.05 追加 ・・・ 左岸から接近,そしてついでに右岸からも


a

b

c

d

e

f
この日はまっすぐ左岸バッタ塚に向かう。歩いて新川の左岸堤防に出る
砂利道ながら驚くほどに整備されている。凸凹の右岸とは比較にならない。橋撤去へ向けての下準備なのだろうか。
清川(かつてのオタルナイ川上流部)の新川への合流点に設置された樋門から川岸へ下り,護岸上を歩いて橋に近づく。
(a)は上流,清川の樋門あたりから。(b)は新旧鋼材の接合部。(c)は右岸側。
(d)は左岸から右岸方向。(e)は接合部の手前から左岸方向。(f)は右岸側に残る木橋の遺物。

g

h
ついでに再度右岸にも。
2007年以来何度も訪ねたオタナイ発祥の地まで足を伸ばす。碑石方向台,そしてとりのこされた沼
(g)は沼の背後にオタルナイ橋。
(h)は河口で水上バイクに興ずる同好者たち。なぜか浜(手前側)へと続く道路が欠損していた。

2017.05.01 追加 ・・・ 遠景で迫る


2017.04.14

2017.04.23
4/14 左岸,直線距離で約850m上流から
4/23 直線距離で約1.5km上流,国道337号に架かる第一新川橋の上から




なお,小樽内橋の歴史的経緯について詳しくはオタルナイ橋に関するメモを参照してください。 (2017.05.01 メモ更新)
も,かなり解明されるものと思われます。
小樽内橋撤去への動きも現実化してきたようです。この件も,上記リンクのメモページで追いたいと思います。




付録 □ 石狩川に架かる廃橋